このページの先頭ですサイトメニューここから
サイトメニューここまで

本文ここから

昭和20年代から40年代

ページ番号 294-733-878

最終更新日 2011年5月23日

田無市〔たなしし〕

 昭和30年代に高度経済成長期〔こうどけいざいせいちょうき〕になり、都市周辺〔とししゅうへん〕の町へ人口が集中してきました。田無町も昭和40年までに都営住宅が26カ所立てられ、都市部のベッドタウンとなっていきます。
 そういったなか、生活環境〔せいかつかんきょう〕をととのえるため、昭和38年に町営水道事業〔じぎょう〕が始まりました。また、昭和40年には、し尿〔にょう〕処理場〔しょりじょう〕が完成しました。

写真:昭和34年の田無駅

保谷市〔ほうやし〕

 戦後、都心に近いことから、住宅都市として発展〔はってん〕しました。都営住宅(昭和22年)、柳沢〔やぎさわ〕、東伏見〔ひがしふしみ〕団地(昭和33年)、ひばりが丘団地(昭和34年)がたてられました。人口がふえ、昭和42年に保谷市となりました。

写真:昭和30年の田無駅(現在はひばりヶ丘駅)

お問い合わせ

このページは、秘書広報課が担当しています。
市役所田無庁舎 〒188-8666 西東京市南町五丁目6番13号
電話:042-460-9804 ファクス:042-460-7511
お問い合わせフォームを利用する

本文ここまで


以下フッターです。

西東京市役所 企画部秘書広報課

〒188-8666 西東京市南町五丁目6番13号
電話:042-460-9804 法人番号:1000020132292
Copyright (c) Nishitokyo City. All rights reserved.
フッターここまでページの上部へ