第129回 大豆の先祖は小豆サイズ
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最終更新日 2026年5月14日
煮豆のほかに、納豆やとうふ、みそ・しょうゆ、きな粉、枝豆と、さまざまな姿で私たちの日常に登場する大豆ですが、日本列島では縄文時代である約1万3,500年前から食べられていたことが、土器の研究から分かっています。
現代の乾燥大豆は直径5~8ミリメートルぐらいありますが、縄文時代に食べられていたのはツルマメという大豆の野生種で、直径は4~5ミリメートルぐらい。小豆と同じぐらいです。小豆サイズの豆が、なぜ現代では倍ぐらいの大きさになったのか?
ここには人の手が関わっています。実った豆の中から大きな粒を選んで種にすると、次の世代に大きめの豆になる遺伝子が受け継がれます。これを何年も何年も繰り返すと、野生種より大きな大豆へと育っていくのです。
下野谷遺跡から出土した土器の圧痕(土器に残ったくぼみ)の調査で、現代の大豆に近いぐらい大きなツルマメの痕が見つかっています。したのや村には栽培名人がいたのかもしれませんね。

下野谷遺跡から出土した土器から見つかった植物の痕跡とそのシリコン型
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